山と写真と毎日と

アラフィフのおっさんが趣味の登山・写真・日常を綴るブログ。

アメリカ新生活の状況 ~其の壱:アパート入居編~

こんにちは、GreenFielderです!

2/8にアメリカ・バージニア州(VA)に到着して早くも2週間が経過しました。

実は到着して早々にすぐに米国内5日間の出張してました。何せ赴任先の事業会社は本社以外に拠点が5か所あるので、各拠点を巡回しようとするだけで1週間まるまる出張に出ることになります。幸い拠点は一定の地域に固まっているのですが、そうは言っても広い米国。移動ばかりでだいぶ時間を要してしまいます。。

そんな短いVA州での時間の中でも、だいぶ生活基盤は固まってきましたよ!

そんな私生活の状況をレポートしたいと思います!

 

アパート入居までの手続き

まず、到着後すぐにとりかかったのはアパート探しです。

私が勤務する会社はワシントンDCから車で1時間弱ほど離れた街に有ります。

当然私の住処はその近くに求めるわけですが、到着後すぐの土曜日に早速ネット上でリサーチしていた候補アパートの下見を実施!

なお、アパートの選定基準は、

①すぐに入れる部屋がある

②バルコニー付き

③賃料が会社の補助で賄える範囲内

④アパートから徒歩圏内にお店やレストランがある(当然歩けるくらい安全なエリア)

⑤近くに自然がある

でしたが、上記5項目を全てクリアしている2つのアパートを下見し、今後の家賃高騰の可能性を考え、会社補助上限ギリギリではない方に決定!

あとは賃貸契約締結までの手続きをするだけなのですが、これが結構面倒。でも、3回目の米国赴任ということもあり、その面倒な手続きもガンガン進めます。

なぜそんなにアパート決定を急ぐのかというと、家(住所)が決まらないと免許が取れない免許が取れないと車が買えない車が買えないと生活できない、からです。

私の場合は幸い過去の米国滞在時にSocial Security Number (SSN)を取得済だったので、初めて米国に長期滞在する人に比べると、2週間くらいはスタートダッシュが早かったと思いますが、それでもモタモタしていると生活基盤が固まらないので必死でした(笑)

しかし、入居するためのハードルがありました。それは入居当日に初回の家賃(Rent Fee)を"Chasher's Check"で支払わなければならないこと。Chasher's Checkとは銀行等で発行してもらう小切手で、これによって入居者がちゃんと銀行口座を持ち、支払能力があることを確認するわけですが、私が今回口座開設した米国銀行は支店が周辺に全く有りませんでした。。そこで、前回の米国滞在時に持っていて休眠していた口座のある銀行(すぐ近くに支店があった!)を復活させることにして、その支店に飛び込みました。この銀行は休眠している間に合併して銀行名が変わってしまい、私の旧カードやオンライン・バンキングで操作できなくなっていたので、とにかく支店に直接行って相談するしかないと思ったのです。

幸い支店で対応してくれたバンカーの女性はとっても親切・丁寧に対応してくれて、その場で登録住所・Emailアドレス・電話番号などを更新してくれて、新しいカード発行手続きをしてくれて、オンライン・バンキングの開始手続きもサポートしてくれて、更に必要だったChasher's Checkも発行してくれました!ありがたや~!

これにより2/24に入居が可能となりました!

ちなみに、入居条件にはほかに「テナント保険の証書を提出する」というのもありました。こちらも同じ事業会社に勤める駐在員から、すぐに対応してくれる保険会社(正確には"Broker"と呼ばれる仲介業者)を教えてもらい即手配。こちらも入居の障害にはなりませんでした。

 

アパート入居!

そしていよいよ2/24がやってきました。

それまで滞在していたホテルからアパートに行き、アパートの管理事務所("Leasing Office"と言います)でChasher's Checkを渡し、部屋の鍵、郵便箱の鍵、パーキング・パスなどをもらっていざ部屋へ!

どうですか!

・・・あ、ちなみに写真が青みがかっているのは、このアパートの窓が日差しの強さによって窓ガラスを透明~青色に調整してくれる機能が付いているからです。まあ個人的にそんな機能はいらないのですけれど、アパートのスタッフが得意げに紹介してくれました(笑)

アメリカのアパートは、多くが木造の3~4階建てなのに対し、私が入居したアパートは鉄筋コンクリートの16階建てで、防音性・気密性などがとても良い。しかも建物自体が新しいので、とっても綺麗!

しかもこのアパート、屋上ガーデンが有って、周辺を見渡すことができるんです!入居した日の夜に屋上から撮った夜景(iPhoneで撮影)も貼り付けちゃいます!

 

生活備品買い出し!

・・・しかしながら、これだけでは生活はできません。

アメリカのアパートは最初から冷蔵庫、電子レンジ、電気調理器、オーブン、食洗器、洗濯機、乾燥機、は備え付けがあり、一部照明も有りますが、当然のことながら生活用品は買ってこなければなりません。

入居した日に、ちょうど出張してきていた後輩に帯同してもらって早急に必要な最低限の生活用品を買い出しに行きます。

行先は近所の「ターゲット("Target")」。

www.target.com

購入したのはざっくり言うと、

  • 掃除機
  • フローリング拭き掃除器具
  • トイレ掃除用品
  • 電気ケトル
  • 最低限の食器
  • 最低限のタオル
  • エア・ベッドと最低限の寝具
  • ハンガー
  • ドライヤー
  • 石鹸・シャンプーなど
  • 衣類用洗剤
  • 食器洗い用洗剤
  • 最低限のペーパー類

・・・てな感じです。

これだけで500ドル!!いったん自分で建て替えなければならないのですが、これはつらい。。

ところで、なぜ「最低限」なのか。それは私がこの先2週間、また出張に出てしまうからです(週末は帰ってきますけれどもね)。

とりあえず、週末に最低限の人間らしい生活ができればよい、ということで、家具はまだ一切無し。唯一「家具っぽい」ものとしてはエアベッドですので、これだけは完成型をお見せします!

ほら、意外と本物のベッドっぽいでしょ?

エアベッドも、粗悪品を買うとすぐに空気が抜けて極めて寝心地が悪くなるので、今回は結構奮発しました!

・・・そうは言っても米国品。空気が抜けないか心配だなぁ。。

 

ということで、まずはアパート編でした!

次回からは、「運転免許編」「ジョギングコース探索編」などなどお送りできればと思います!

 

最後までご覧頂きありがとうございました!

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米国赴任後の初写真散歩! ~"Great Falls Park"~

こんにちは、GreenFielderです!

2/8に日本を発ってから10日間、到着直後からのバタバタと時差ボケで、まったく記事を書く余裕が有りませんでした。。

到着後の10日間、何があったかは別の記事に書くとして、今回は、初めてゆっくり過ごすことができた2/18(日)の写真散歩の様子をお伝えしたいと思います!

今回は写真散歩先として、"Great Falls Park"を選びました。この国立公園は、私の現在の仮住まい(=ホテル)から、車で30分程度のところにあり、ワシントンDCを流れている有名な「ポトマック川」のほとりにある公園です。

*以下をクリックすると2枚目の公園地図も見ることができます。

https://www.nps.gov/grfa/upload/GRFA-complete-map-508.pdf

ワシントンDCを流れるポトマック川は穏やかですが、少し上流は流れが急で、部分的に滝のようになっている箇所があります。その一つがこの"Great Falls"です。ポトマック川バージニア川がGreat Falls Parkで、川の対岸はメリーランド州の"Chesapeke and Ohio Canal National Historical Park"という国立公園になっています。

他の国立公園に漏れず、Great Falls Parkにも沢山のTrailが有り、今回はこのTrailを歩きつつ、風景や生き物たちの写真を撮れたら良いなぁ、とやってまいりました。

さあ、どんな結果になったのか?!

 

1. Great Falls Park

前述の通り、この公園はワシントンDCから車で30分程度で行ける身近な公園です。この日は三連休の中日の日曜日、しかも雲一つない快晴だったこともあり、多くの観光客の訪問が見込まれました。

私は車で10時頃に到着、入場料20ドルをゲートで支払い、ビジターセンター近くの駐車場に車を停め、さっそく公園内に入っていきます。

この時期は残念ながらビジターセンターが改装工事で閉まっていましたが、他の国立公園と同じ装丁のパンフレットを入手し、さっそくトレイルに入っていきます。

ビジターセンターを振り返って。

 

2. ポトマック川の流れ

ビジターセンターを過ぎるとすぐにポトマック川の展望台が3か所あります。さっそくその眺望を眺めに行きましょう。

ポトマック川の急流域。

"Great Falls"というのは大袈裟な気がしますが、それでもこの川幅の水が段差を流れ落ちていく様子はなかなか壮観です!

急流アップ。

そして、対岸にはメリーランド州側の展望台が見えました。

対岸にはメリーランド州側の展望台。

 

3. サプライズ・イベントの撮影担当に?!

続いて第2、第3の展望台も巡ります。そして第3展望台には、若いカップルが仲良さそうに会話している一角があり、何故か誰もそのエリアに立ち入りません。皆さん二人の邪魔をしないように遠慮していたのでしょうか・・・。

そんなことはお構いなしに私が近づいていくと、カップルの男性のほうが私に近づいて小声で尋ねてきました。

「あなたのそのカメラで私達を撮影してもらえませんか?実はこれからエンゲージリングを渡すんです。」

「写真を撮るのはいいけど・・・」

「もしこの場で写真を転送できなければ、後でメールで写真を送ってくれたら助かります!」

そこまで言われると断りづらい。。。でも私はこれまで人様のポートレート写真なんて撮ったことがありません。おそらく普通のスナップ写真になっちゃうけどなぁ。。

でも、その若い男性は私が躊躇しているのを知ってか知らずか、さっそくひざまづいてまだ何も知らないその彼女に指輪が入った箱を差し出しました。

この瞬間を逃してはいけない!私は慌てて撮影開始!

エンゲージリング贈呈!(個人の特定ができないよう目を隠しています)

彼女は本当に予想していなかったらしく、驚きと喜びとが混ざったような感激の表情!そして、「アメリカあるある」ですが、周りの観光客も祝福の拍手!

そして、、二人の記念写真をGreat Fallsをバックにあらためて撮影、後でメールで送ることを約束してその場を去りました。

Great Fallsをバックに記念撮影!

でも、その後も二人が微笑みあっている姿をついつい遠目から望遠撮影。すると二人も気付いてこちらに笑顔を返してくれました。

GreenFielder選出「本日のベストショット」!

こちらが本日のベストショット認定です!

 

4. 野鳥たち

さて、本日は別にポートレート写真を撮りに来たわけではありません(笑)

真の目的はトレイルを歩きながらの「野鳥撮影」です。さっそくトレイルを歩きます。

公園のトレイル。

トレイルは、観光客、地元の団体、カップル、犬を連れた夫婦、などなどたくさんの人が歩いていましたが、意外にも野鳥撮影をしている人は私以外には見かけませんでした。

でも、公園内にはたくさんの野鳥の囀りが聞こえてきて、何種類かの野鳥を撮影することができました。

カージナル

ムシクイの一種?

鳥種不明。。

セジロコゲラ

ユキヒメドリ

エボシガラ

シマセゲラ

ブルージェイ

結構たくさん撮れてるでしょ?実際には空を優雅に旋回する猛禽類や、その他のすばしっこい野鳥達もいました(写真は撮れず・・)。

あと、おまけでクルミかじりに夢中なリスも撮っておきました。

クルミかじりに夢中のリス。

また、"River Trail"という、公園内でも比較的距離が短く観光客に人気のトレイルを歩き、帰りはMatildaville Trail"という小径を歩いて戻りました。

トレイルからポトマック川の上流方向を望む。

川べりまで下りられる道の途中から下流側を望む。

ビジターセンターまで戻ってきて、あらためて案内看板を眺めると、どうもこの公園域内のみならず、ポトマック川沿いにはかなり長いトレイルがあるようでした。

ビジターセンターの案内版。

 

5. まとめ

自分の居住(予定)エリアからほど近いところにこんな立派な公園があるのはとてもありがたい話です。しかも、今回辿ったトレイルはほんの序の口で、他にもう少し距離が長いトレイルがあったり、周辺に他の公園・トレイルがあったりします。

居住エリア周辺にもいくつか小さな公園はありますが、遠出できるような余裕が出てくるまでは、トレッキングと鳥撮りのためにこのGreat Falls Parkに通おうかなぁ、と思っています。

ちなみに、このGreat Falls ParkはNational Park service (全米の国立公園を管轄する組織)の所管で、80ドルを払えば国立公園の年間パスが買えるようです。そして、Great Falls Park単体の年パスは35ドルで買えたようで、こちらを買っておけばよかったかな、とちょっぴり後悔です(笑)

 

最後までご覧頂きありがとうございました!

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米国赴任に向けての抱負を一言・・

こんにちは、GreenFielderです!

当初1月の予定だった米国赴任が、諸事情により2月にずれ込んだ旨は、以前の記事のどこかで記載したと思います。

年末に始まった、その「諸事情」によって、米国赴任と並行して様々な家庭内アクションが特急で必要となり、更に前回記事でも書いた娘の受験付き添いもあって(これは赴任がずれ込んだ事で娘の大事なイベントに寄り添うことができ幸いだったのですが)、ちょっと赴任後のことについて考える余裕が無くなってました。とは言え赴任先の事業会社の皆様には関係のない話。そこはしっかりと自分が置かれる立場、会社状況、日本側で期待していること、などを考慮しつつ、行動計画(英語で言うと「アクション・プラン」ってやつですね)を作成していかねばなりません。

ここは一つ、ブログの中で文字を起こしながら、自分の中でも「何をすべきか」「何をやりたいか」を整理できれば、と思いつらつらと書いてみようと思います。

 

会社では、米国赴任に向けた準備(米国VISA取得、住居・自家用車の調査、健康診断、日本を離れるにあたっての各種官辺手続などなど)を進める一方で、関係先への挨拶回りや会食なども有りました。その中には、海外で事業会社の運営を経験した商社の方や、私の20年前の上司で現在国内事業会社の社長を務めている方とも会食する機会があり、「会社の運営とは」につきアドバイスを頂きました。

それは要約すると、

  • 配下のローカルスタッフに対してはある程度オープンに情報を開示し、会社運営方針や具体的なアクションについてフランクに意見を戦わせること
  • 意思決定の権利を有するものはその意思決定に責任を負うが、それを苦痛と思わず楽しむべき

ということでした。

どちらも納得。そして、私もアドバイスを聞く前からそんなことを考えていました。それが、経験者の方々に「お墨付き」をもらったかたちで、とても嬉しかったです。

とはいえ、これはあくまで「概念」の話で、これを具体的なアクションとするためにはどうするか、、これを出発までに思いついてはコツコツとメモを(電子的に)とりながら、頭を整理していきたいと思っています。

 

まず考えている具体的なことは、「従業員へ向けてのファースト・スピーチとして何をどのように伝えるか」。

何事も最初が肝心。ましてや他国から来る人間が何を言うのか、米国人従業員はそれを待っていると思います。そして、拙い支離滅裂なメッセージや、単なる「こんにちは、よろしくね」では、すぐに見限られるでしょう。そうならないようにスピーチ原稿はしっかり推敲したいと思います。ただ、一つ決まっているのは「会社が良くなるか悪くなるかはあなた達次第」というメッセージです。

アメリカ大統領の演説には(当然ですが)名スピーチがたくさん有ります。その中でもずっと記憶に残っているのが以下のセリフ。

「あなたの国があなたのために何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるかを問うて欲しい」

有名な、ジョン・F・ケネディ大統領の就任演説の一節です。

これって一見自分のタスクを国民に投げつけてるようですが、私は違うと思います。結局民主政治では、国民一人一人の選択が集約されて国の政策となりますから、結局国を動かすのは国民の意思なのであって、大統領は国民の付託を受けて国民の意思を実行に移すだけの存在である、ということだと解釈してます(参考文献を見たわけではないのであくまで私の解釈です)。まあ、その後のケネディ政権がそのようになったかという議論はさておき。

これって会社も同じだと思うんです。結局経営者一人では何もできない。従業員の意思を集約しそれを実現させるのが経営者なんだと思っています。もちろん経営者が自ら考え、それを従業員に「やれ」という場合もあるでしょう。でもそれでは従業員にとっては「やらされてる」というネガティブな感情が生まれるのではないかと思います。そうではなく「皆さんの意思を会社経営に反映していくから意思をどんどんぶつけてきて!」というメッセージを伝えたいのです。

これを言うのはリスクがあって、従業員がそれを受けて言いたいことを言ってきた場合、それを経営陣が無視する、考慮しない、と思われたら、以前よりも従業員のモチベーションは下がってしまいます。ですので、上記メッセージを伝える際には同時に意思を反映する条件も伝えなくてはならないと思っています。

例えばどんな条件かと言うと、、、

・・・と言うのをまさに今頭の中で整理しているところです(笑)

事業会社なので、当然親会社の意思もあるわけで、それはそれで経営に反映しなければならないのですが、えてしてその親会社の意思は現場の状況を理解しないまま発出されることが多々有ります。その時は現場状況を説明しつつ、それがベスト・オプションでは無いことを親会社に伝え、説得する役割も担わなければなりません。一方、従業員たちにも「親会社の意思はなんなのか」を伝え、それを会社運営に反映していくことに納得してもらう必要も有ります。

・・・書いていて気分が重くなってきました(笑)

とにかく、最初のメッセージは重要だと思っています。でも最初だけではダメで、そのメッセージはブレることなく定期的に発信していかねばならないと思っています。おそらくこれを浸透させるのに2年以上は掛かるだろうと見込んでいます。

 

次に、「自分は意思決定をする立場であり実行を従業員に任せ切る」こと。これって私には難しいな、と感じてます。

これまでは受注のために自ら動く「プレイヤー」経験が殆どで、「マネージング」の経験は少ないのです。ただ、少ない経験ながらも若い人たちにある程度の自由度を与えつつ、正しい方向に導くべく指導するのがいかに難しいかは理解したつもりです。

配下社員と一括りには述べられず、それぞれが個々の意思を持った人間です。そして、その経験値も様々で、特に米国は人種・民族・宗教など多種多様ですから、相手を見ながらの適切なコミュニケーション、アプローチが重要だと思っています。

一方で、変えてはいけないと思っているのが「自らの意思」と「熱量」です。

自分がこの会社をどうしたいのか、どこに向かいたいのか、というところでブレなく一貫性のある意思が必要だと思っています。もちろん時と共にその意思を変えなくてはならなくなる事もあるでしょう。その時は「何故変えるのか」を説明し従業員に納得してもらわなければならないと思います。

「熱量」については、以前から私が仕事をする上でとても大事だと思っており、これはどこの国でも当て嵌まると経験的に分かっています。「アメリカ人はドライで契約社会に生きているから、冷静に理論立てた議論が必要」との意見もあります。事実、そういう場面も多々あります。でも、仕事への熱量の有無で生産性は大きく変わります。また、従業員や取引先に「コイツがここまで熱心に説いているのだから話を聞いてやろう」「コイツがここまで熱く語っているのだから一肌脱いでやろう」と思ってもらえたら、物事はうまく転がってくれます。一方で、冷静沈着・理路整然と話が出来ればそれでも人は動きますが、私にはその路線でやり通す自信はなく(笑)、やはり「熱量で押し込む」パワープレーも必要です(英語力も限界が有りますし・・・)。

 

・・・仕事の話はこれくらいにして、皆様お待ちかね(?)のプライベートに関する抱負です。

まずは「健康管理」。単身赴任なので、倒れても面倒見てくれる人がいませんから、何より健康維持が大事。そのためには「精神衛生」と「食と運動」ですね。

精神衛生で最も大事だと思うのは「仕事でストレスを溜めない」。これに尽きる。過去に脳梗塞症状が出た時は仕事で極度のストレスを抱えていました。それ以来、「諦めの精神」を大事にしています(笑)

はっきり言って、仕事に命を掛けるつもりは有りませんので。

次に食と運動。過去の米国赴任は家族帯同だったので、どんなに仕事で疲れて帰ってきても家には食事が用意されてました。今回はそうはいかない、というのがこれまでの米国赴任と大きく異なります。

アメリカで外食に偏ると確実に脂肪・糖質・塩分が摂取過多になりますから、なるべく自炊するようにしたい。その際には、はてブロの料理紹介記事などを参考にチャレンジしてみます!

幸い私は肉より野菜が好きなので、料理が億劫な時は「山盛りカットサラダ」でも良いかな、と(笑)

運動については、日本でもジョギング、トレラン、筋トレ、とやっていたのでアメリカでも継続予定。そのモチベーションを上げるため、トレラン用バックパックやトレーニング・ウェアなどを買ってみました。

私の赴任先はアパラチア山脈が比較的近く(と言っても車で1時間は掛かりますが)、トレランできるようなコースも開拓したい。

そんな感じで、休みの日は極力仕事をせず、食と運動もきっちりやって、年齢マイナス5歳の体年齢を目標にしたいと思います。

あと、趣味としての登山・写真。こちらにも精を出したいなぁ。

まとまった休みが取れる時は国立・州立公園に旅したい。そしてなんならテント泊装備も現地で揃えたい。特に行きたいのはザイオン国立公園の"Narrows"。

ザイオン国立公園 - Wikipedia

過去の米国赴任中に二度訪問してますが、今度はより上流まで進んでみたい。

それ以外にも行きたい国立公園があり過ぎて悩ましい(笑)そもそもそんなに休みが取れるのか?!

・・・とまあこんな感じで充実した余暇を過ごせたらな、と思っています。

 

随分とダラダラ書いてしまいました。。そしてダラダラ書いた割に言いたいことを全て書けていないという(笑)

ということで、自分の考えをブレストするための自己満足的な記事ですみませんが、この辺りで赴任前の一言とさせていただきます。

 

現在羽田空港で出発を待っています。次の記事からはアメリカ発信となります。引き続き宜しくお願いします!

 

最後までご覧頂きありがとうございました!

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娘の中学受験が終わりました。

こんにちは、GreenFielderです。

これまでもブログの中でちょこちょこ触れてたし、☟の記事を投稿していたのでご存じの方が多いと思いますが。

onedayhike.hatenablog.com

都内の私立中学校の受験時期は2/1〜2/3(遅くとも2/5)くらいまでで完了する訳ですが、我が娘は2/4をもって全受験日程を終了しました。

その間、コメントなどで励ましの言葉を頂いた皆様、本当にありがとうございました。とても暖かく背中を支えてもらった気がしました。

・・・・・・・・・・

思えば娘にとってはとてつもなく長かった準備期間。昨年は夏休みも冬休みも勉強に明け暮れていました。

お友達と遊びに行きたい気持ちを堪えて必死に勉強していた娘。時には弱音を吐いたり、時には第一志望校での学校生活を夢見たりしながら、本当によく頑張っていました。

娘の第一志望の学校は「超難関校」。過去に受けた模試での判定で合格可能性が5割を超えたことはありませんでしたが、学校見学会で校風と生徒のいきいきとした姿に魅了されてしまったようです。

当初は、「娘が行きたいと思う学校だけ受験、確実に受かりそうだけど行きたいと思えない学校は受験しない」という方針で受験校を絞っており、塾の先生からは「受験は何が起こるかわかりません。安全な学校も受けた方が・・」と言われていました。

受験時期が近づいてくると、娘が「こんなに勉強したのに、結果公立中にいってまた高校受験はいや」と言い始め、直前になって幾つか受験校を増やしました。

・・・・・・・・・・

始めは1月の埼玉県の学校で力試し。上掲の記事で触れた受験者数1万人を超える学校です。

こちらはなんとか合格。通うとなるとかなり遠いものの、「行くところが確保できた」ことで娘も親もまずは一安心。でも、試験結果(この学校は本人の総得点、受験者中の順位、等全て開示される)は思っていたより芳しくなく、一抹の不安が残りました。

その後も第一志望校合格のため毎週土日の特別授業を継続しましたが、思うように成果が出ず、1月最後の塾内模試でも合格基準点に達せず、帰宅後娘は涙にくれました。「こんなに頑張っているのになんで?!」と。。

でも、娘は翌朝には気持ちを整理して再び勉強に取り組み始めたのです。「せっかくここまでやってきたんだからね」と。どれだけ嫌な気持ちになっても翌日には立て直せる。これって私からの遺伝だと勝手に自負しておりますが(笑)、それにしても小学生でこの気持ちの切り替えの早さ。わが娘ながらすごい!

この時、妻と私は2月1日午前の受験校を変更するかどうか悩みました。第二・第三志望校共に2/1午前が第一回試験で、2/2午前が第三志望校の第二回試験、2/3午前が第二志望校の第二回試験です。

私は学校見学会や学校説明会を通じて、第二・第三希望の学校もとても良い印象(先生・生徒の雰囲気が良い)でしたので、第一志望校が難しいなら、2/1午前に第二・第三志望校いずれかの第一回試験を受験する手もあるなんじゃないかと思ったんです(特に第二志望校は「複数回受験者を優遇する」と明記)。

でも、娘は最終的に「第一志望校を受けたい」と決断。その時、娘は私に言いました。

「□□校(第一志望校)に落ちたら、私のこれまでの勉強って無駄になっちゃうのかな・・・」

「ううん、全然そんなことない。ここまで○○(娘の名)が努力してきたこと自体がこれからに活きるんだよ。」

「うん!」

・・・・・・・・・・

そしていよいよ2月1日当日の朝。

娘と私は朝、第一志望校に向かいました。道すがら、娘は「少し緊張してる」と笑っていました。そして学校につき、笑顔とハイタッチで娘を送り出しました。娘が奥に消えていくのを見届けて最寄りの駅に戻っていきますが、、

「なんか手に持っている荷物が重いような・・・」

「あ、弁当袋を渡し忘れたぁぁ!!」

踵を返し急いで学校に戻ります。係の人がすぐに気付いてくれて、同校の生徒さん(ボランティアで受験サポート係をしてくれている)が娘のところまで持っていってくれました。幸いすぐに気付けたので、集合時間前に娘の手に渡りました。なお後で娘に聞いたら、娘も緊張で弁当袋を受け取ることを忘れていて、係の生徒さんから受け取ってようやく気付いたとのこと(笑)

・・・・・・・・・・

試験が終わり、娘が会場から出てくるのを待ちます。そして出てきた娘は、、、

放心状態のような感じでした。。。

声を掛けても耳に入っているのか入っていないのか、返事をしてくれません。一目この姿を見た時から、「これは厳しい」と思いました。そして帰宅後娘は号泣。午後には第四志望校の試験が控えていましたが、この精神状態では厳しいかな、と思いました。

なんとか気持ちを落ち着かせて試験は受けたものの、同晩に判明した結果は「不合格」。翌朝結果を伝えると再び号泣。「もうどこにも受からないよ!」と膝を抱えて暫し動きませんでした。。

でも、時間が経ち、第三志望校の試験のための出発時間になると、彼女は再び動き出しました。感情を押し殺して。。

・・・・・・・・・・

娘は試験会場への道すがら、そして試験終了後の帰路でも、無表情と沈黙を貫いていました。「もう結果を見るまでは感情を抑えよう」という決意の表れだったんだと思います。

娘が試験を受けている間に第一志望校の結果も判明、やはりダメでした。。娘はそれも察していて、伝えても無表情のままでした。

この日も午後に第四志望校の第二回試験があり、途中で妻と合流して会場へ向かう予定でしたが、娘の精神状態を心配して、更に塾からも「娘さんと話をさせてください」との言葉も有り、娘に塾の先生と話をするよう促しました。でも娘は頑なにこれを拒否。「話をしてまた嫌な気持ちを思い出したくない」と。

結果、妻が塾に電話して、スピーカー通話で娘にも話を聞かせることにしました(事前にそうすることを塾側にも伝えた上で)。

妻が状況を説明すると、塾の先生がスピーカー越しに娘に語りかけます。

「〇〇(娘)の頑張りは塾の先生はみんな分かってる」

「・・・」

「△△校(第四志望校)の昨日の結果は塾の他の子達もみんな厳しかった。〇〇だけじゃなくみんな苦しんでるよ」

「・・・?!」

「△△校の二回目試験では一回目の合格者はごっそり抜けるから、まだチャンスは十分にある」

「・・・」

「今は目の前にある試験、目の前にある科目、目の前にある問題にだけ集中しなさい」

「・・・分かりました。」

「よし、そうだ!頑張れるか?」

「頑張ります!」

ようやく娘の顔に正気が戻りました。そして、午後の△△校の二回目の試験に挑んだのです。

某中学。試験を終えて出てくる子供を待つ親達。

・・・・・・・・・・

心揺れ動く中でなんとか2/2の試験を無事終え帰宅後、娘は翌日の第二志望校の試験準備をしていました。なお、この日受験した2校の合否は夜に判明する予定でしたが、これ以上結果で動揺させまいと、「発表は翌日の夜」と娘に偽って説明してありました。が、そう約束していたはずの妻が娘に携帯の画面を見せているのを背後で察しました(私は万一のために追加受験校を必死にネットで調べている最中でした)。そして、娘が飛び跳ねて喜んでいるのが背中に感じられたのです。

「パパ、受かった!!!」

娘が飛んできて見せてくれた携帯画面には桃色の背景に「合格おめでとうございます」の文字が・・・

私も娘の手を取って一緒に飛び跳ねたのは言うまでもありません(笑)

娘は第三志望校の合格を見事に勝ち取ったのです!!

・・・・・・・・・・

翌朝、娘と私は第二志望校の門をくぐりました。娘の心を映すかのように、前日のどんよりした曇り空から一転、雲一つない快晴の青空。学校の門に立つ紅白の梅の花が空の青に映え、とても鮮やかでした。そして昨日の朝はできなかった「笑顔のハイタッチ」で娘を送り出したしました。

実は昨晩の第三志望校合格を受けて早速本人から塾に電話報告させたのですが、電話の向こうで歓声が上がるのが聞こえました。特に、いつもお世話になっている庶務の女性が喜んでいる声が娘には嬉しかったよう。そしてその電話の最後に先生から第二志望校の試験にあたってのポイントを聞いていました。

試験を終えて出てきた娘は、「先生に言われたことはできたよ!」と教えてくれました。

そして、帰宅後は全試験日程を終えて家族でのささやかな「お疲れさん会」を実施。翌日の日曜日は「よみうりランド」で慰労することを決定して早々に就寝。久し振りに家族が安心して眠りにつくことができました。

・・・・・・・・・・

翌日のお昼に第二志望校の合格発表。

娘も交えてPCの前に座り、娘の受験番号の有無を確認しましたが、、結果娘の番号は無し。。娘も今朝までの元気は無くなり、じーっとその画面を見つめたまま動きません。そして最後は涙を流していました。

でも、ここでもまた娘は時間を掛けて気持ちを落ち着かせてから、「よみうりランドに行く。気分転換したい」と。

よみうりランドは天候も悪く人影も疎らながら、その分アトラクションの待ち時間も短くて、娘はこれまで怖がっていた絶叫系にも挑戦して絶叫を上げながら楽しんでくれました。もしかしたら声を張ることでモヤモヤを吹き飛ばそうとしていたのかもしれません。

夜のイルミネーションも堪能した帰りの車(カーシェア)の中で娘が「中学校生活が楽しみになってきた!」と言ってくれたのが救いでした。

よみうりランド・イルミネーション。

・・・・・・・・・・

こうして、娘の長い長い受験戦争は終わりました。

我々親としても、長い厳しい日々でした。そして2/1から2/4までの時間がとても長く感じられました。

そして、ここまで辛い思いをしながら歯を食いしばって頑張った娘は、この受験戦争を経て何か成長してくれたと思っています。

この記事を書いている今も、「本当にこの中学受験は必要なのか」という思いは有ります。でも一つ言えるのは、これだけの緊張とストレスを抱えながら受験に挑み、挫折も成功も味わった娘は、これからの人生でも味わうであろう緊張やストレスへの一定の耐性はついたのではないか、ということです。

娘は昨日から「普通の小学6年生」に戻りました。これから小学校卒業まではしっかり羽を伸ばし、そして来年度からは気持ちもあらたに学校生活を楽しみ、成長していってくれることを切に願って止みません。

 

最後までご覧頂きありがとうございました!

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湯島聖堂・神田明神を訪ねて。 〜予期せぬあかりちゃん・ウメジローとの出会い〜

こんにちは、GreenFielderです!

前日に大町自然観察園を訪問した翌日、流石に「また野鳥を求めて遠征」は憚られたので、この日は娘の塾の近場を歩いて回ることにしました。

実はこの近辺は娘の送迎で何度も訪れているのに、界隈を散策したことが有りませんでした。

日本の近世以降の学問の中心地である湯島聖堂と、商売繁盛祈願で有名な神田明神(正式には神田神社)を訪れ、結果意外な出会いがあった訪問記です。

 

1. 湯島聖堂

その日、日曜日も娘を送りに塾へ。お迎えにはだいぶ時間があるので一度帰宅するつもりでした。でも、「そういえばこの界隈の名所を見てなかったな」と思い、周辺名所を散策してから帰宅することにしました。

ちなみにその日も「一応念の為」カメラ・セットは持参してました。幸い私のカメラとレンズ類は全部ザックに詰めても然程重くなりません。一番重いのは換算150-600mmの望遠ズームレンズで、カメラ本体より重いという(笑)

御茶ノ水駅からほど近い場所には湯島聖堂が有ります。

江戸時代、「昌平坂学問所」として開かれ、その後変遷を重ねて現在の湯島聖堂となっています。

史跡湯島聖堂|公益財団法人斯文会

なんとなーく中を歩き回っていたら、スズメが餌を食べに近くに降りてきました。

「お、これはシャッターチャンスか?!」と超望遠ズームレンズを装着した時には既に飛び去っていましたが、レンズの換装が面倒なので、そのまま何枚か写真をパチリ。

・・・パーツ過ぎてなんだか分かりませんね(笑)

しかし、この超望遠ズームレンズが後で功を奏します。

構内には梅がチラホラ咲き始めてました。これを超望遠で無理矢理撮影(笑)

そのまま神田神社へ向かいました。

 

2. 神田神社

神田明神」で親しまれているこちらの神社、正式には「神田神社」です。

Home|江戸総鎮守 神田明神

かなりの賑わいです。レンズが超望遠なので全体像は撮れません(広角レンズに換装しとけよ、って話なんですが)。。代わりに(?)大黒様をドアップで。

 

3. 「あかりちゃん」との出会い

少し奥に行くと、ポニーのようなお馬さんが大人しく立っていました。

説明書きを読むと、、

なんと!「あかりちゃん」ですか!

あかりちゃんと言えば、コチラ☟

akari-papa.hatenadiary.jp

うーむ、「あかりちゃん同士でご対面」して欲しいなぁ。。

そんなことを考えながら、沢山の参拝客のいる神田神社を後にしました。

 

4. 再び湯島聖堂へ、そしてウメジローと遭遇

そのまま帰っても良かったのですが、何故かスズメ達に未練があり、再び湯島聖堂に戻りました。

「スズメなんてどこにでもいるでしょ?」と思うでしょ?

・・・まあその通りなんですけれど、なんとなく気になってしまいまして。。

先程スズメを見かけた場所をプラプラしていたら、スズメが舞い戻ってきてくれました!

が、常緑樹の中に入り込んでしまいました。その常緑樹の前でじーっと待っていたら、ふと視界に奥の木が。

「あれ、こちら側の梅はだいぶ咲いてるじゃないか!」

先程撮影した梅の木はまだ花が殆ど咲いてなかったのに、なんでだろう?!

・・・と、その七分咲きの梅を眺めていたら、小鳥がその梅の木に飛んできました。

「ウメジロー!!」

なんということでしょう!湯島聖堂でウメジローが見られるとは!!

そこからは、夢中でシャッターを連打!

一生懸命に蜜を吸う姿が可愛い♫

飛び去ってしまうまでひたすらシャッターを切り続けました。

 

5. スズメ達も激写!

そうこうしているうちに、常緑樹の中からスズメ達も地上に降りてきてくれました!

これまたスズメのドアップ写真が狙える!

なんというか、小綺麗なスズメ達でした。

「砂浴び」ならぬ「土浴び」をしたり、

スズメもよく見ると可愛い!

 

6. まとめ

予期せぬ鳥達との遭遇は嬉しい誤算でした。しかも撮ってみたかったウメジローまで!

やっぱりカメラを持って出掛けると、思わぬシャッターチャンスに恵まれるもんだなー、と思いつつ、帰宅の途についたのでした!

 

最後までご覧頂きありがとうございました!

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大町自然観察園へ鳥を探しに。

こんにちは、GreenFielderです!

娘の受験、米国赴任が刻一刻と迫る中、「もう野鳥写真散歩は難しいだろうなぁ・・」と思っていたのですが、、どうしても気になる「ルリ男」の存在。。

最初にルリビタキが気になったのは☟の記事。

www.tokyo-toridori.com

そして、実際に桜ヶ丘公園を訪れ、雌のルリビタキに出会うことが出来ました。

しかし、その後☟の記事を見て、いてもたってもいられなくなりました(笑)

www.sunsunfine.com

そして、土曜日の娘の塾送迎の合間に、お二人がルリビタキ雄に出会うことができたという「大町自然観察園」に行ってみることにしました。

大町自然観察園は、千葉県市川市にある公園です。

園内マップ | 市川市公式Webサイト

娘の塾のある場所からだと、幾つか行き方が有ります。一つは総武線浅草橋駅へ行き、乗り換えて都営浅草線、京成線、北総線の直通列車で大町駅に行き歩く方法、もう一つは同じく総武線本八幡駅に行き、そこから京成バス大町駅行き(本33)で「大町(自然公園入口)下車して歩く方法です。

前者は20〜30分間隔、後者は30〜40分間隔ですので、時間帯により早く到着できるルートは変わってきます。私は行きは後者のルートを選びました。

本八幡駅からバスに揺られて約30分、バス停からは歩いてすぐに公園の入り口が有ります。

入り口で公園内地図をチェック。

案内板。

入り口からの風景はこんな感じ☟

公園入り口。

入ってすぐの開けたところに出てきたら、すぐ傍から早速アオジさんが出迎えてくれました。ちっ、近い!

アオジさん、お出迎え!

近っ!!!

いきなりのお出迎えで気を良くしていると、すぐそこにたくさんのバーダーさん達がいて、何かにカメラを向けていました。その方向を観察すると、、

いきなり「ルリ男」が!

いきなりルリビタキ雄!

これはラッキーです!こんなにすぐにルリビタキ雄に出会えるとは!

試合開始早々、先頭打者ホームランみたいなもんですね。入園してものの10分でこの成果!大町自然観察園、恐るべし。。

その後、一度公園の奥まで歩いてみます。

途中にはヤマガラもたくさんいました。

ヤマガラさん。

そして、公園中程でもルリビタキ雄。

この公園はルリビタキがたくさんいるんですねー。いやはや大当たりでした!

そして更に奥へ。そこには大きめの池があって、「奴」がいそうな雰囲気です。

すると1人のバーダーが池中央の木にカメラを向けています。これは奴に違いない!後ろからゆっくり静かに近付いて、そのバーダーさんの後ろから観察すると、、

いました。

カワセミちゃん。

枯れ木の枝が邪魔で、カメラのAFが迷いまくる(笑)なのでここはマニュアルフォーカスで。

一度ジャポンと水面に入り、その後飛び去ってしまいましたが、しばらくすると対岸付近の木に戻ってきました。

その対岸を行き交うバーダーさんは気付いていない様子。

「彼女の存在を僕だけが気付いている」という優越感(笑)

カワセミ子ちゃんを追っていると、視線の脇をホッピングしながら飛んでいく物体が!「これはセキレイだ!」そちらの方に回り込んでみると、、

キセキレイさん。

キセキレイが採餌中でした。

餌を探して歩き回る。

残念ながら逆光の位置取りだったので写りはイマイチですが、ちょこまかと動き回るキセキレイを夢中で追いかけます。

満足しました!そろそろ時間なので(なんだかんだで既に3時間が経過)、娘のお迎えに戻らねばなりません。

もと来た道を引き返し、先ほどルリビタキ雄に会えた中間地点に戻り「またルリ男出てこないかなー」と思っていたら、なんだか近くに気配を感じる。。

すぐそこにモズが!

モズ!

お腹ふっくらで可愛いモズを夢中で写真に収めました。

「見〜た〜な〜」

いかんいかん、娘のお迎えが。。

その場を離れようと、更に引き返しつつ日陰の奥を見たら、またも鳥さんの気配。

今度は何?!

シロハラさん、ですね?

こちらの存在も他の通行人は気付いていない様子。シャカシャカと歩き回るシロハラを何枚か写真に収めましたが、あまりに暗くてボケボケの写真を量産(笑)

そして今度こそ公園を後にして、帰りは北総線を使って娘を迎えに戻ったのでした。

 

この「大町自然観察園」、大当たりでした!

直線距離では水元公園にも近く、若干アプローチが長いですが、たくさんの野鳥にハズレ無く出会いたい方には是非おすすめです!

水元公園とセットで丸一日掛ければかなりの成果が得られること間違いなしです!

 

最後までご覧頂きありがとうございました!

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「アメリカは何でも高い!」とネガティブ発言する前に日本の置かれてる状況を見つめるべき。

こんにちは、GreenFielderです!

昨日出社したら富士山、箱根山丹沢山塊がとても綺麗に見えました。

横浜の社窓から。

「こんな日に丹沢を登ったら爽快だろうな〜」と思いながらもそんな休日は訪れない今日この頃。。勉強を頑張ってる娘を見てると流石にそんな愚痴を言うことすら憚られます。ここは我慢あるのみ、です。

さて、先日以下のブログ記事を拝見しました。そしてご意見に全く同感!

snyc.hatenablog.com

この記事に触発された私は、日本が置かれている状況とその要因についての考察を書いてみようと思い、筆をとった次第です。

・・・・・・・・

コロナ後の急激な世界的インフレが進み、私も仕事の中で色々な「Unknown」に苦労しました。

今日本を騒がせている大阪万博の建設予算過小問題は、既に日本以外の国々でも直面している問題です。

私の担当市場であるアメリカも例に漏れず、同じ規模のインフラ工事コストは10年前の3倍に膨れ上がり、入札価格のターゲット設定においても公的な物価指標だけでは測れない状況で、施主側もインフラ予算の見直しを迫られています。

このような世界的な物価急騰により人件費も一気に上昇。それは以下のようなサイクルを経ることで成立しているのであろう、というのが私の考えです。

物価上昇→リビングコスト上昇→賃金増額圧力→人件費上昇→購買力上昇→モノの値段上昇→更なる物価上昇

でも、このサイクルが回るには一定の条件があると思ってます。それは以下の二つ。

①経済原理が働く社会文化

②人材流動性

 

経済原理が働く社会文化とは、経済原理に忠実で、需給バランスによってモノの価格が柔軟に変動することを許容する社会文化のことを指します。

具体的に言うと、例えばアメリカの場合、物価が上がると、或いは物価上昇トレンドに入ると、嗜好品・生活必需品に関わらずモノの値段はすぐに上昇します。これらを提供する企業としては利益を追求するわけですから、まずは価格転嫁を考えるわけです。

これが日本の場合どうかと言うと、皆さんもニュースなどで見ると思いますが、代表的な食品を値上げするたびにいちいち「〇〇社は〜の価格を△△円値上げすると発表した」といったようなことが報道されます。そして企業はいちいち「なぜ値段据え置きできないのか」を説明しなければならないのです。それくらい、「価格転嫁=悪」のような社会文化があるわけです。

こんなこと、アメリカではニュースになりません(少なくとも私は見たことがない)。

日本の場合、価格転嫁の前にまず企業努力でコストを抑えることを考えるわけですが、アメリカの場合は「まず価格転嫁」。逆に物価が下がれば値下げも行われます。

・・・・・・・・

少し話は逸れますが、私の感覚的に、アメリカは良くも悪くも経済原理に忠実な経済だと思います。一方で日本は経済原理では説明できない事象が発生します。

私がアメリカのスーパーで最初に驚いたのは、「BOGO」(「ボゴ」と読みます)と呼ばれる販促方式です。正式には「Buy One Get One (Free)」です。そう、「一つ買ったらもう一つ(タダで)もらえる」ってやつです。これってつまり、1個を半額にするよりBOGOの方がメリットがあるからそうするわけですね。理論上後者の売り上げは前者の倍になり、同じ利益率なら利益額が倍になりますよね。そして、出荷量が倍になれば、ボリューム効果でコスト単価も安くなる。

もう一つアメリカのスーパーで驚いたのは「ダース箱入り飲料の単価の安さ」。日本って、箱買いすると単価が安くなる、という販売方式を(少なくとも店頭では)あまり見かけません。アメリカではむしろ箱買いが普通で、例えばコカコーラの350ml缶の1ダース箱を買うと、単価は当時だいたい60セント/本くらいでした(注:5年以上前の記憶です)。これを1本買いすると、確実に1ドルは超えてきます。

日本はどうでしょう?一本でも箱買いでも単価は同じ。というか「箱買い価格」の設定が無い場合が殆どですよね。

・・・・・・・・

次に②人材流動性」についてですが、こちらは「賃金増額圧力」に関連します。

日本は伝統的に「終身雇用・年功序列」の文化でした。従業員は会社に忠誠を尽くして働き、会社は定年までの雇用を従業員に約束することで、双方にメリットがあったわけです。ところが、この方式をとっているがゆえに日本は他国に比べ人材流動性に乏しく、併せて賃金の増減調整が難しくなっています

これを前提とすると、企業としては物価高騰により従業員からの賃金増額要求があったとしても、タイムリーかつインフレ率に順じた賃金増減に慎重になってしまうのです(一度賃金を上げてしまうと下げられない)

もし企業が賃金増額に応じないと、アメリカでは従業員はより給与の高い企業へ転職していきます。そうすると賃金を上げない企業から人材がどんどん流出してしまうため、企業は経営に影響が出るような人材流出の前に手を打つ(つまり賃金を上げる)ことになるわけです。その代わり、デフレ局面になれば、賃金は下げ方向で調整されることになります。

これまでの20年ほどは日本はインフレの無い時代でしたが、さすがにコロナ以降はそういうわけにもいかなくなりました。一方で上記理由から賃金上昇が追いついておらず、実質賃金はマイナスを続けています

要するに、「海外のモノが高い」のではなく、日本だけがグローバルなインフレ環境に追いついていないのです。

したがって、「海外のモノは大した品質でもないのにバカ高い」というのはイコール、「日本は必死に品質の良いものを努力して作ってるのに安い値段で売って損をしている」ということなのです。

・・・・・・・・

明るい兆しがあるとすれば、ここ10年ほどで日本も人材流動性が高まってきていることです。アメリカほどではないものの、日本企業も中途採用を始めた企業がかなり増えて、また20〜30代の若い人々は、転職に対しネガティブな印象を持っていないように見受けます。

そして、いくつかの大手企業でも物価高騰を賃金に反映するケースが増えてきています。おそらくそうでもしないと若手が転職してしまう、という危機意識があるがゆえでしょう。

このようなかたちで日本の平均賃金がインフレに追い付き、「働けど我が暮らし楽にならざりじっと手を見る」という状態が解消されるべきだと思っています。現在日本円はどの通貨に対しても弱くなっています。これは日本が世界のインフレから取り残されているからだと思っています。

 

・・・てなことを書いているうちに、ビックマック指数」の記事が出てました。なんとタイムリーな。。

www.fnn.jp

世界の物価水準をはかる指標として、世界展開しているファストフード・チェーンの代表メニューであるビックマックの単品価格を使う、というやつです。

世界一物価の高いスイスの1000円オーバーは別格としても、アメリカでさえ850円、つまりビックマック・セットなら平気で1000円を超えるわけです。これに対して30円値上げしただけでこれだけ記事が溢れる日本のビックマックは世界44位と、だいぶお安いことが分かりますね。

ビックマック一つとっても、従業員の質の高さに裏打ちされ品質は世界でもトップクラスだと思います。なのにその価値が世界44位とは悲しいではないですか。。日本の人材流動性が増し、賃金調整余地が高まって、賃金増額が物価上昇に追いついていくことを望んで止みません。

 

最後までご覧頂きありがとうございました!

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